動物たちの病気 症例集診療内容の一部紹介

動物たちの病気 症例集

誤嚥性肺炎

誤嚥性肺炎は食べ物のほか、唾液や嘔吐物が気道内に吸引されることで起こります。誤嚥したからといって必ず誤嚥性肺炎になるわけではなく、喉頭部や気管粘膜の刺激により起こる咳反射や、気管粘膜上皮に存在する線毛運動によって異物を排除しようとし、免疫機能によって肺炎の成立を抑えようとします。

 

誤嚥性肺炎を発症する要因としては、嘔吐や吐出、多量の流涎、巨大食道症などの食道疾患、喉頭などの上部気道疾患、てんかんや全身麻酔などによる意識障害、重度の歯石・歯肉炎による口腔内環境の悪化、強制給餌などがあります。また、短頭種では上部気道閉塞から誤嚥を起こしやすくほかの犬種に比べリスクが高いとされています。加齢によっても嚥下反射や咳反射の低下、歯石による口腔内環境の悪化、寝たきりによる頭部の姿勢維持が困難になること、食欲低下による強制給餌する機会の増加により誤嚥を起こすリスクが高くなります。

 

 誤嚥性肺炎を起こすと、咳や頻呼吸、パンティング、呼吸困難、努力性呼吸、重度であればチアノーゼのほか、病期によっては高体温が認められます。聴診ではゴボゴボ・バリバリといった異常な呼吸音が聴取される場合があります。しかし、これらの症状は誤嚥性肺炎以外の呼吸器肺疾患などでも認められることがあります。肺炎が起こった原因が誤嚥によるものかどうかを特定することは難しいため、ほとんどは急性発症であることから、発症する前後の状況を問診することによって誤嚥した可能性が高いかどうかを判断します。誤嚥性肺炎の診断には、胸部X線検査が中心になります。X線画像所見としては間質パターンや肺胞パターンあるいは混合パターンといわれる肺が白く曇った画像が認められます。誤嚥性肺炎では解剖学的な理由から左右の肺の前葉、右中葉が好発部位となります。また、X線検査は誤嚥性以外の原因の特定(心原性肺水腫や上部気道疾患の有無)や、治療経過のモニタリングとしても重要です。しかし、呼吸状態が極めて悪い場合、撮影時の体位変換や保定にさらなる呼吸悪化を起こすリスクがある場合があります。そのため補助的な検査として、呼吸状態に負担がかからない姿勢での肺エコー検査を行う場合があります。肺エコー検査では、肺での炎症による浸潤像や無気肺化(空気が取り込まれなくなり肺が膨らまなくなる状態)といった所見がないかを確認します。また、白血球数やC反応性タンパクなどの項目により感染や炎症の程度や、基礎疾患の有無を評価するための血液検査を行います。そのほかに、動脈血による血液ガス分析により肺の酸素化、換気機能の評価をすることができるほか、確定診断・原因菌の特定には気管支肺胞洗浄といった検査がありますが、全身麻酔が必要なたま呼吸状態が悪い急性期には適応にはなりにくいと考えられます。

 

 治療は内科治療が中心となります。呼吸状態を改善するための酸素投与、細菌を抑えるための抗菌薬投与、水和状態・血液循環維持のための輸液療法を行います。酸素投与は酸素化の不良による臓器障害の予防に加え、努力性呼吸による呼吸筋の疲労や苦痛の緩和に効果があります。抗菌薬投与は、本来であれば気管支肺胞洗浄により原因菌の特定、感受性試験による有効な抗菌薬を選択したうえで行うのが望ましいですが、呼吸状態によってはこれらの検査を実施することが難しいため、幅広い細菌に対し効果が期待できる抗菌薬を投与していきます。抗菌薬の投与は少なくとも数週間投与する必要があります。呼吸状態が悪くなると食欲の低下、飲水量の低下や頻呼吸による脱水を起こしやすくなるため、水和・循環状態の維持のため静脈輸液を行います。水和状態を改善することで気道内の分泌物の溶解・除去促進が期待できます。また、必要に応じ気管支拡張剤を使用しますが、咳反射を抑制することで病変が拡大する恐れや、心疾患のある動物には注意して投与する必要があるため、基礎疾患や呼吸状態を観察しながら投与の判断をします。そのほか、回復期や痰産生性の咳が続く場合には、ネブライザー療法(吸入)の実施を検討します。

 

 誤嚥性肺炎は一般的に支持療法のみで比較的予後はよいとされていますが、実際には誤嚥に至る経緯、誤嚥した内容物や量、障害された肺葉の数、基礎疾患の有無などにより軽症から重症まで幅広く、治療期間も長期にわたる場合があります。また、肺障害の程度が重度であると急性呼吸窮迫症候群(ARDS)や敗血性ショック、播種性血管内凝固症候群(DIC)といった重篤な病態に移行することもあり、その場合予後は悪いものとなります。誤嚥性肺炎は誤嚥が引き金になるため急性発症となることがほとんどです。そのため、なるべく誤嚥した状況や内容がわかる方に連れてきていただき、発生時の状況などを教えていただけるようお願いいたします。

2021.06.15