動物たちの病気 症例集診療内容の一部紹介

動物たちの病気 症例集

難産

難産

 難産とは外部から何らかの介助がないと胎児が娩出されない出産のことを言います。よって、適切な方法で胎児を母体から取り上げることが難産の治療になります。

 しかし、出産に至る動物が実際に難産の状態に陥っているのかを判断することは容易でない場合が多く、その動物の経緯、状態を広く鑑みて判断する必要があります。

 難産になりやすい物理的要因

  1. 犬種と体格

ブルドッグ、フレンチブルドッグ、パグ、ボストンテリアなどの短頭種は胎子の頭が大きいので産道を通過できない状況が起こりやすいです。また、チワワ、ポメラニアンなどは、母体の骨盤の縦幅が短いため、胎子が大きい場合は産道を通過できないことがあります。

 

  1. 胎子数

胎子数が1-2 頭の少数の場合、胎子が過大になり難産の可能性が高くなります。また、胎子が少ないと分娩時に胎子の刺激が子宮に伝わらずに陣痛の発現が遅れたり、原発性子宮無力症になることがあります。一方で、胎子数が多すぎる場合においても子宮が過度に伸展してしまい、分娩時の胎子の刺激に反応できず、原発性の子宮無力症になる可能性がることと、胎子数が多すぎて分娩の終盤に子宮が消耗しきってしまい動かなくなる続発性子宮無力症を引き起こす事もあります。

 

  1. 胎子の胎位異常、奇形

胎位の異常、奇形など、胎子側に異常があり、うまく産道を通過できず、難産となることもあります。

 

  1. 初産の場合

初産の場合は外陰部が狭く、産道を半分通過した胎子が外陰部を通過できないことがあります。

 

 難産になりやすい機能的要因

  1. 陣痛微弱、子宮無力症

陣痛とは痛みを伴う周期的な子宮の収縮であり、分娩時に子宮が十分に収縮できない状態を陣痛微弱と呼び、犬や猫では子宮無力症などと呼ばれています。分娩の開始から起こる子宮無力症を原発性子宮無力症と呼び、最初は反応するものの、分娩の途中で子宮無力症となるものを続発性子宮無力症と区分しています。

 

  1. 母犬が神経質な場合

母犬が異常に神経質な場合、過度のストレスにより原発性子宮無力症になることもあります。

 

  1. 前回の出産が帝王切開の場合

帝王切開時の子宮の切開部位が狭窄してしまい、胎子が通過できない場合があります。

 

 

上記のように様々な難産に陥る要因があり、患者にこれらに該当する状態か否かを判断材料としつつ、正常な分娩過程から逸脱した流れになっていないかという点においても考慮し、難産の診断を下す必要があります。

 

では正常な分娩過程とは?

 

  1. 妊娠期

最初の交尾日から分娩までの日数は56〜72日と非常に幅広いが、目安として大体60日±3日が多いと思われます。この期間以前に出産された胎子は早産であり、未熟で生存できないことが多く、この期間以上を経過すると胎子が死んでいることもあります。

 

  1. 分娩第1ステージ

この時期は分娩の準備期間であり、分娩前8-24時間になるとホルモン濃度(プロジェステロン)の低下により直腸温が低下してきます。(37℃程度かそれ以下)

この時間帯では膣の弛緩と子宮頚管の拡張が起こり、腹部に張りはないが断続的な子宮の弱い収縮があり、母犬の行動にも変化がみられるようになります。

●     食用喪失

●     頻呼吸

●     巣作り行動     など

しかし、この第1ステージも個体差が大きく、このような変化が全くみられない母犬もいます。

 

  1. 分娩第2ステージ

この時期が分娩期であり、この時期の開始時には直腸温は正常に戻ります。最初の胎子が骨盤入口に達すると、尿膜が膣から確認できたり、破裂して陰部が濡れたりします。これを一次破水と呼びます。一次破水後に胎子が産道に入ると、非常に強い陣痛が腹部の明らかな緊張としてみられます。一次破水から強い陣痛までは30-60分以上かかることもあり個体差が大きいですが、強い陣痛が起これば30分以内に娩出されます。

 

  1. 分娩第3ステージ

この時期は後産期にあたり、胎子の娩出後または胎子と同時に胎盤が出てきます。胎盤は母犬が食べると下痢の原因になるため食べられないようにしましょう。

胎子の数だけ第2ステージと第3ステージを繰り返すかたちになります。次の胎子の分娩までの時間は10分程度から1-2時間以上と個体差が大きいです。

 

  1. 乳汁分泌

乳汁の分泌は分娩直前に急増する傾向にありますが、これも個体差があります。初産の母犬では分娩直前から分泌されることが多く、経産犬では分娩の数日前から乳汁分泌がみられることも珍しくありません。また、チワワなどの超小型犬種においては自然分娩後も乳汁分泌がほとんどない場合があります。

 

 難産かどうかを判断するにあたり、母犬がどのステージの段階にあるかを確認することは状況把握する上でとても大事なことであります。

 

 難産の診断

 通常の分娩過程から外れた場合が難産であり、その結末は胎子の死亡です。よって胎子が死亡する前に診断し、治療方針を決める必要があります。

 物理的要因で難産であると診断する場合は比較的容易であり、強い陣痛が起こっているにもかかわらず胎子が娩出できない状態が30分〜1時間程度続いている場合は迅速な治療が必要であり、帝王切開の方が救命率は高くなります。また、第1子の娩出前に緑色の液体が陰部から流出している場合は胎盤剥離を引き起こしているため、速やかに胎子を取り上げなければその胎子は死亡してしまいます。

 診断が難しい場合として、子宮無力症による難産のケースがあります。

一次破水後、1時間以上経過しているが陣痛が強くならない場合や、分娩第2ステージで通常では陣痛が起こるタイミングにおいて行動変化や一次破水もなく陣痛がみられない場合などは胎子の状態を超音波で確認しつつ、時間をおき破水や陣痛の有無をチェックしなければなりません。どのタイミングで助産処置を行ったり、帝王切開に移行するかの判断はとても難しいものになります。

 

助産

 子宮無力症による難産であり、解剖学的・物理的問題がないと判断した場合に助産を検討します。

主な助産の方法として

●     静脈点滴の実施

●     腹部を圧迫し陣痛の有無を確認し、陣痛を促す

●     膣に消毒した指を挿入し、陣痛を促す(フェザーリング)

 

などが一般的であり、その他に、ホルモン製剤の注射やカルシウム剤の点滴なども手法としてありますが、状態を悪化させてしまう場合もあるため全てにおいて適応となる処置ではありません。

 

帝王切開

 適切な麻酔(浅い麻酔)で適切に手術を実施することにより、胎子に子宮の収縮や狭い産道を通過するストレスを与えることなく母体から取り出すことができ、胎子にとっては最良の取り出し方となります。しかし、帝王切開は陣痛が確認できてから実施すべきであり、分娩ステージに入っていない母体に実施してしまうと胎子が未熟で出産後にうまく授乳できなかったり、母乳が十分に分泌されない場合があります。特に初産犬の場合は母性が出るまでに数日を要し、育児放棄や新生児を咬み殺すこともあるため、帝王切開は必ず分娩第2ステージに入ってから実施しなければいけません。

 

 新生子の取り扱い

 難産では胎子が弱っていることも多くあり、胎子を生かすために新生子の治療も十分に行う必要があります。助産、帝王切開ともにまず新生子の口と鼻腔内の余分な液体を吸引する必要があります。これにおいて、原始的ではありますがヒトの口による吸引に勝る方法はないとされています。

 呼吸が弱い場合には呼吸促進薬の投与やタオルで新生子の身体を十分にマッサージすることも呼吸促進に効果的とされています。

 さらに、新生子の粘膜色が悪い場合には100%酸素を嗅がせることで血中酸素濃度を上昇させ、循環改善につなげる方法も大事です。

 呼吸が全くない場合にはヒトの口先で新生子の口と鼻全体を咥え、少しだけ息を吹き込み肺を膨らませることで肺機能の改善と肺循環、体循環の改善が見込めます。

 呼吸が安定したら、新生子の体温管理にも注意をしましょう。

 

 


 

2021.12.06