変性性脊髄症
変性性脊髄症
変性性脊髄症とは、犬においてみられる脊髄神経の疾患です。変性性脊髄症を発症すると、尾側の脊髄神経から頭側に向けて徐々に神経組織の変性が進行します。その結果、後肢の跛行から始まり、後肢の麻痺、排泄障害、歩行困難から寝たきりの状態になり、最終的に呼吸筋の麻痺による呼吸不全により死に至ります。詳細なメカニズムは不明な点も多く、現在では有効な治療法は確立されていませんが、疼痛は伴わないとされ、約3~4年かけて緩徐に進行します。
発症には遺伝的素因の関与が報告されており、国内ではウェルシュ・コーギー・ペンブロークでの発症が多いとされ、ほかにジャーマン・シェパード・ドックやボクサー、バーニーズ・マウンテンドッグでの報告があります。
診断
確定診断は脊髄神経の病理組織診学的検査になるため、生前での確定は困難です。生前診断には犬種、年齢、症状などのシグナルメントのほか、発症に関与するとされるSOD1遺伝子変異の有無の遺伝子検査、類似の症状を示すほかの疾患の除外をすることによる臨床診断となります。注意点としては、SOD1遺伝子が変異型ホモであっても発症しない個体もいるため、症状のない個体で検査する意義は低い点、類似の症状を示す椎間板ヘルニアや脊髄腫瘍の除外のためCTやMRI等の画像診断・脳脊髄液検査を実施することが望ましいが、それらの疾患は変性性脊髄症とも併発する可能性があることが挙げられます。
治療
現在では有効な治療法は確立されておらず、ほかの脊髄疾患で用いられるステロイドや非ステロイド性消炎鎮痛薬(NSAIDs)には効果がないとされています。脊髄神経組織が変性するという病態から、抗酸化作用のあるビタミン・サプリメントが進行抑制に効果が期待されていますが、客観的な有効性を示すデータは報告されていません。一方、リハビリなどの理学療法は歩行可能期間を延長するという報告があり、QOLの維持に役立つといわれています。以下に発症からの病期・症状ごとのケアについて提示します。
Stage1:発症後6~12か月かけ進行。後肢の運動失調がはじめは片側、のちに両側にみられ、腰のふらつき、後肢のナックリング、転倒、ハムストリングなどの筋力の低下が見られます。筋力維持のためのマッサージ、屈伸運動などのリハビリテーション、体重過多の場合は体重のコントロール、靴下などでの足先の保護、歩行補助のためのカートの導入などが勧められます。
Stage2:発症後9~18カ月かけ進行。後肢の随意運動が失われ、自力での四足歩行が困難になります。痛みは伴わないため前肢で這って移動するようになるため、カートの導入をお勧めします。また、尿失禁がみられるようになるため、おむつやマナーベルトの装着や圧迫排尿などの排泄のケアが必要になる場合があります。それに伴い膀胱炎や尿やけによる皮膚炎に対するケアが必要になります。
Stage3:発症後14~24か月かけ進行。後肢の完全麻痺に続き前肢の筋力低下が認められます。また呼吸障害による腹式呼吸や声のかすれが認められる場合があります。前肢の筋力が低下してもカートでの移動は可能なこともあります。自力での体位変換が難しくなるため褥瘡(床ずれ)ができないよう注意が必要です。
Stage4:発症後24カ月以降。四肢の完全麻痺および横臥状態になります。麻痺が頭側へと進むことで声のかすれのほか嚥下障害が起こり、最終的に呼吸筋の麻痺により死亡に至ります。最後まで意識や食欲は残っていることが多いです。定期的な体位変換のほか、必要があれば酸素ボンベや酸素濃縮器により酸素療法、用手またはシリンジなどでの少量頻回の食事の介助が必要になりますが、誤嚥には注意が必要です。
予後
今のところ根治的な治療法は確立されておらず、予後不良な疾患であるといえます。症例によりばらつきがあり発症から約3年で死亡するとされていますが、症状進行に伴う疼痛はなく、意識や食欲は維持されることが多いとされています。初期の段階では積極的な理学療法により歩行可能期間を延長しQOLの維持に役立つとされています。中期以降では排泄、体位変換などの褥瘡対策、食事の介助などのケアが必要になるため、ご家族の方の理解と協力が必要になります。
2024.05.29