動物たちの病気 症例集診療内容の一部紹介

動物たちの病気 症例集

特発性前庭疾患

特発性前庭疾患とは、内耳にある身体の平衡感覚をつかさどる三半規管および前庭が原因不明(特発性)に機能異常を起こし、その結果、捻転斜頸(頭が傾いた状態になる)、眼振、転倒して立てないといった症状を起こす疾患です。

 

【原因】

耳道の鼓膜の内側にある中耳のさらに奥にある内耳には前庭と三半規管という感覚器があり、内腔はリンパ液で満たされていて、耳石と感覚毛という組織により身体の傾きや回転、加速度を感知して平衡感覚を担っており、姿勢の保持に重要な役割を果たします。前庭の中のリンパ液は常に新しいものと古いものが入れ変わりながら還流していますが、このリンパ液の還流が何らかの原因で滞ることで前庭症状を起こします。原因については加齢にともなう代謝機能の低下などが考えられていますが、詳しいことは解明されていません。

 

【症状】

前庭の機能が障害されることで、斜頸、眼振、歩行時の旋回、あるいは転倒して起立困難になるといった症状が現れます。これらの症状は前触れなく急性に発症することがあります。また、眼振が起こることでいわゆるめまいの状態になると考えられ、それによる吐き気、食欲不振あるいは姿勢の維持ができず食事ができないといった症状を起こします。

 

【診断】

特発性前庭疾患を直接的に診断する検査法はなく、年齢や症状、発症状況などのシグナルメント、基礎疾患の有無、その他の類似の症状を起こす可能性のある疾患の除外によって診断します。発症は高齢犬が中心で、どの犬種においても発症する可能性がありますが柴犬などの和犬は好発犬種とされています。また、その他の疾患の可能性を除外するため、外耳炎の悪化から中耳炎がないかどうかの耳鏡検査や、高齢犬で起こりやすい甲状腺機能低下症の有無や他の代謝性疾患がないかを血液検査によって検査するほか、レントゲン検査により内耳が包まれている領域である鼓室胞に炎症などの変化がないかどうかを確認したり、けいれん発作や異常行動などの前庭症状以外の神経疾患が疑われる場合には、脳炎や脳腫瘍の精査のためにMRI・脳脊髄液検査などの検査が必要になる場合があります。

 

【治療】

 特発性前庭疾患に特異的な治療法はありません。甲状腺機能低下症などの基礎疾患がある場合には基礎疾患の治療に加え、多くの場合吐き気などにより食欲低下を起こすため、脱水予防のための補液、制吐剤やビタミン剤の投与、めまい症状の緩和のために抗ヒスタミン薬の投与といった支持療法が主体となります。また、神経組織の保護・食欲増進作用を期待してステロイドの投与を併用することもあります。治療には数日~数週間かかることがあり、重症度によっては斜頸の症状が残る場合があります。また、自力での採食が困難な場合には、ウエットフードや流動食などを口元にはこんであげるなどの食事の介助をしていただく必要があります。また、起立困難・転倒する場合には敷物を毛布などの柔らかいものを使用し、転倒時にけがをしないようにするなどの飼育環境の整備をする必要があります。

2022.07.14